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セイビドーの歴史

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セイビドー年表

明治28年初代 輿石 勲 甲府市柳町3丁目にて創業
明治36年甲府市桜町4丁目に移転
昭和5年二代目 輿石 有 が社長就任
昭和23年甲府市丸の内オリオン通りに移転
昭和35年協同組合オールジャパンメガネチェーンに山梨を代表して加盟
昭和41年有限会社セイビドー設立。資本金2,300万円
昭和48年三代目 輿石 陽 が社長就任
昭和52年ニューヨーク5番街に「KIMBE OPTIC」出店
昭和62年富士河口湖町ショッピングセンターBELL内に出店
中央市オギノ・リバーシティー内に出店
平成5年資本金5,000万円に増資する
平成9年株式会社セイビドーに組織変更
平成13年四代目 輿石 丈夫 が社長就任
平成21年甲斐市ラザウォーク甲斐双葉店内に出店

写真で見るセイビドーの歴史

セイビドーは、明治28年初代「輿石 勲」によって甲府市柳町3丁目にて創業した。
当時から山梨の地場産業であった、水晶細工の職人であった勲だが、その技術をメガネのレンズ作りに用いるようになった。
この当時のメガネのレンズは全て水晶を加工して作ったもので、職人の手仕事でしか作り出すことはできなかった。
セイビドーは、そのレンズを制作し、全国への卸を行なっていた。

二代目社長輿石 有(たもつ)は、当時の医療の最先端アメリカ、ドイツでメガネ作りに伴う医療知識を学んだ。
そして、全国のメガネ専門店が集まったボランタリーチェーン「AJOC」への加盟を決めた。
昭和33年に結成されたAJOCであったが、昭和35年という早い段階で山梨を代表して加盟した。
これは当時からセイビドーが一般のメガネ販売店とは一線を画し、「見る楽しさ」伝える「ビジョンケア」の精神を持って、経営されていたからである。

三代目社長輿石 陽はセイビドー入社前に日本IBMでコンピュータの技術を学んでいた。セイビドー入社後その知識、ノウハウを活かし同業の仲間とともに、レンズの受発注システム、顧客管理システムを作り出し業界に革命を起こした。
そのシステムは現在でも全国のメガネ店で使用されている。
更に、セイビドーの多店舗化に着手し、更なる発展の礎を作り上げた。

1977年、セイビドーは他店との共同でニューヨークの5番街にメガネ店を出店した。
ニューヨーク5番街といえば、東京の銀座に相当するアメリカでも屈指の繁華街であり、高級ショッピング街でもある。
キンビーメガネ店と名付けられたそのメガネ店は、在来の同業店を押しのけるほどの発展を遂げた。

 
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